今日は娘の10ヶ月検診と予防接種。
父親はというとまた熱を出してふらふらしてた。
娘の風邪をもらったのに肝心の娘は平気で持ち直した。
どうしても必要なのにどんなに探しても見つからないものが出てきた。
探すのをやめて忘れると出てくると知ってるのだが、どうしても必要なのでしつこく探してしまい忘れられない。
なのできっと出てこない。
ひとまず写真を撮るためにいつも歩きまわるわけだが、昨日は大井町から歩き始め品川埠頭の方まで足をのばしてみた。
何度か歩いたことがあるので知らない景色ではなかったが、大きな工事も進んでいるようで、少し見え方は違った。
高いところが嫌いなので、車が通るたびに橋が揺れるのに参った。
天王洲アイルを抜けて品川へ向かう途中、突然知ってる道だと思ったら東京に出てきて初めてアルバイトをした船宿の前だった。
20歳の頃で、ほぼ毎日ここに通い、船を磨いてお客を乗せ、お台場まで行き、天ぷらを揚げて遊覧して帰るという船頭の仕事を1年続けた。
お金はよかったし、まだかろうじて景気もよく、お客に困ることのなかった屋型船はいろいろな人が来て面白かった。
親方にも女将さんにもよくしてもらい、天ぷらの道に進むよう言ってくれたこともあったなあとしみじみ思いだしたが、肝心の船宿はすっかりなくなり、新し目の小さなマンションがぽつんと立っていた。
他にもいくつかあった船宿はやはりどこにもなく、営業しているのは名前を覚えていた1件だけだった。
仕事後に女将さんから直接手渡されるお給料は嬉しかったなあ。
高校時代の広末涼子を見たのもこの近辺だった。
どれもいい思い出。
娘が水疱瘡にかかってここ何日か看病におわれて家にこもっていた。
午前中に病院へと行くと登園許可も出たので、無事明日からは平常運転に戻る。
今日はかみさんも仕事が休みだったので、少しのんびりと眠り、昼から喪服を買いに出かけた。
準備だけは整ったが、正直実感はまだないし、気持ちも準備はしてるつもりにしかなってない。
今ニュースで見たが、小笠原のヒーローインタビューでの第一声が、嬉しいですや、良かったですじゃなく「思い出しました。」だったってのは、この一言に含むものが大きくてぐっときてしまった。
前回の SPACE CADET の展示から1年が経った。
去年の今頃はどうだったのだろう。
かみさんが妊娠中で、MAZIME4が出来上がったころだったはずだ。
たった1年前なのに詳細をはっきり思い出すことは出来ない。
たった1年だが、あまりにあっという間の1年だった。
オープニングは5/25 18:00-21:00 まで。
僕は急遽帰省することになってしまったため参加出来ませんが皆様是非ご友人や知人の方をお誘い合わせのうえ遊びに行ってみて下さい。
きっと何かの発見があると思います。
「SPACE CADET Actual Exhibition #2」
外の雨の音にまじって娘のうーうー言ってる声がする。
まだ言葉にはなってないものの、もう言葉になってしまうんじゃないかって感じるような、うーや、あーだけではない何かを話している。
その時眼に入るものが全てだし、言葉もその時発したことが全てで、前後に繋がりはない。
でもその真っ直ぐさはどうやっても今の自分にはないもので、それだけで感動してしまう。
本日5/20発売のアサヒカメラ6月号に写真が掲載されております。
かみさんの写真です。
是非見てみて下さい。
よろしくお願い致します。
そっとドアを開け、二人が寝ている寝室に入りベッド横の明かりをつける。
ブレないようにしっかり構えてシャッターを押したら、思いの外シャッターの音が大きくて、娘がビクンと体全体を震わせて少し目を覚ましてしまった。
昨日から少しあった熱が今日は本格的に上がってきて明日の保育園は休ませることにした。
保育園に行くようになってからは本当に風邪をよくひくようになったというか、ずっと治りきってないように思う。
母乳の抵抗力も切れて自力で対向するしかないので少しづつ体力を付けさせてやらなければいけない。
今日は撮影のあと足裏のマッサージへ行ってきた。
施術中に目を閉じてうとうとしてると外の車の音が聞こえてきた。
よく聞いていると普通車に混じって定期的に大きなダンプが走っているのがわかる。
静かにその音を聞いていると昔のことを思い出した。
自分もよく体調を崩し学校を休む子供だった。
毎回ではないもののよく祖母の家に連れていかれて親が迎えに来てくれるのを待っていたように思う。
祖母の家の前もよく車が通った。
一人畳の部屋の真ん中に布団を敷いて寝かされていたように思うが、時折通る大きなダンプカーのせいで地面ごと少し揺れていたように思う。
そのことが不安だったとか、面白かったとかいう記憶はない。
ただ、取り残されたような昼に一人寝ていたこと、車の走る音、ぽつんとした天井をおぼろげではなく、鮮明なイメージとして思い出した。
今祖母はあの場所とは違うところに体を預けている。
祖母の耳には何の音が聞こえてるのだろう。
結構な距離を歩いて、お腹が空いて、帰宅してご飯を食べた。
連休も終了。
明日からは通常運転に戻る。
梅雨入り前に集中して撮れることろまで撮りたい。
GWも本当にあっという間に過ぎる。
GWってことは5月なわけで、ということはSPACE CADETの展示がもう目の前で、それが終わると今年もほぼ半年が経ったということで考えるだけでも恐ろしい。
毎日の生活ではもっと休んでたいし、楽してたいし、適当にしてたいしと思うが、こんなことに気づいてしまうと何もやってないような気がして焦る。
明日も3人とも休み。
何処に出かけるわけでもないので、近所でケーキを買う予定。
昼前に実家から電話があって、祖母の容態を知らせてくれた。
とりあえず今日明日という話ではないようだが、状況によってはということに変わりはない。
自らが看護婦として戦争に関わっていた祖母はきっと自分の状況をよくわかっている。
先のことへの予感を持ちながら毎日を生きるというのはどういう恐怖だろうか。
周りの家族もその一点に向けて各々が不確定な覚悟を決め、やはり恐怖と向き合って生活しなければいけない。
昼からは娘を抱いて2時間ほど撮影に。
密着してるところは汗でぐっしょりになったが、それでも気持ちよさそうに眠っていた。
病床で曾孫である娘の写真を楽しみにしている祖母にとっても、自分達夫婦にとっても、そして、家族にとっても娘は希望そのものだ。
食べるということ、笑うということ、泣くということ、眠るということ、その全てがあまりにも真っ直ぐで、眩しい。
明日も二人で撮影に行く。
静岡の地滑りは単なる地滑りで終わってくれるだろうか。
昼までたっぷり寝て起きてからしばらくそのニュースをあさってみた。
テレビで直接見た映像は強烈なもので、目に見えない地下では何かが確実に変わりつつあると思うには充分だった。
とりあえず有事の際にはすぐ動けるように簡単にかみさんと話をしてシュミレーションはしておく。
夕方から打ち合わせがあったので、それまで適当に買い物に行くことにした。
天気は生憎だったが、少し遠目の外出をしててくてく歩いた。
普段見ないような少し高めのスーパーに入って色々見る。
買えない値段ではないがやはり毎日のこととなると買えないなあと手にとっては諦める。
そこそこの生活が出来ればいいとよく言うが、自分が想定しているそこそことはこういうことにストレスを感じなくなる生活であって、それは本当はかなり水準の高い生活で贅沢なものだと気づいた。
やりたいことやって、家族がいて、それで満足かと言われればそんなことはなく、でもそれで充分だとも思っている。
むしろ本当はそれ以上何があるのだろうと思うが、生きていると矛盾ばかりで、今朝方の地滑りのニュースで、自分の価値観も揺さぶられてよくわからなくなった。
生きてるだけで丸儲け。
そうありたい。
PCで写真の整理をしていたら思いがけず出てきた。
そういえば一生懸命探してたなと思いだした。
もう随分昔の写真で母親はおろか、結婚もしてない。
なんでもないようでいて、今やはりこうやって撮れといわれるとやはり撮れないんだろうなと思う。
自分だけではなくて、勿論相手も変わるし、環境、状況も変わっていく。
過去に未練があるわけではなくて、その時でしか撮れないものがあったと確認出来ればいいし、今は今しか撮れないものを撮ってるはずだと思う。
積み重なっていくことで見えるものや、見え方が変わること、写真に限ったことではなくて、それは当たり前にまわりに色々ある。
友人の片山高志の個展が開催中です。
「何かの何かだと思ったけど、何の何でも無かった」
オープニングには駆けつけることが出来なかったので、期間中に出来れば家族で伺う予定。
■期間中イベント:
会期中に作家があなたの卵絵を描きます。描いた絵は期間中画廊に展示します。
ご希望の方は作家にお声かけください。(作家在廊予定日4月19、20、21、27、28、5月1日)
久しぶりの3人揃っての休み。
天気がよければ昼から写真を撮りに行く予定だったのだがやめた。
代わりにずっと気になってた風呂掃除をしてカレーを作って食べた。
娘は今日初めて魚を食べた。
刺身用の鯛を少量だけ買ってきて、それを湯で煮て、ほぐし、玉葱のすったのとあえて蒲鉾みたいにしたものを食べた。
赤ちゃんでしかなかった時期は過ぎて、人間らしくなっているのだと思うことが増えた。
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